【コラム】遅刻って悪いことなのか?~クズの遅刻論~

コラム

遅刻したことありますか?

突然ですがみなさん。遅刻、したことありますか?

遅刻というのはとても罪深い行為です。色々な人に迷惑をかけます。色々な人を怒らせます。

かくいう私はというと、最近はだいぶマシになりましたが遅刻癖を患っています。

友人と遊ぶときはほぼ必ず遅刻します。

その結果、友人は誰も集合時間通りには来なくなってしまいました。まあ私も来ないので問題ないのですが。


学校にも結構遅刻していました。その度に生徒指導の先生に怒られました。ペナルティとして遅刻1回につき5回の早朝清掃があったのですが、それすら遅刻したりサボったりしていたので、ある日の放課後に遅刻常習者が15人ほど教室に呼び出され「次の早朝清掃をサボったら2日間停学にする」とまで言われてしまいました。

私は最終的に停学にならずに済みましたが、何人かは停学(実際には登校してみんなとは違う教室で朝から夕方まで自習だった)になっていました。

そんなわけで私は高2以降はどうせ遅刻するならということで、寝坊やなんやで遅刻が確定した日は諦めて昼休みから登校していました。これ結構いいんですよ。冬ならもう日が出きってるのであんまり寒い思いをせずに登校できますしね。

うちの高校は朝遅刻だと結構怒られるのになぜか昼遅刻だと全然怒られなかったのです。


ここで少し考えてみてほしいのですが、


そもそも遅刻ってそんなに悪いことなのか?

遅刻のメリット3つ

遅刻というのはそのデメリットばかりがフィーチャーされがちですが、実は沢山のメリットがあります。

① 余裕を持って行動ができる

まず1つ目。

「遅刻する」ということは、要は他人からの信頼を犠牲にすることにより集合時間を超過した分の時間を手に入れられる訳です。

確かに他人の信頼はとても大事です。

でも、開き直ってしまえばよいのです。ハナから信頼などいらないと。

時間があればその分ゆっくり準備ができます

つまり遅刻することによって余裕を持った行動ができるようになります

忘れ物が多い人なんかは、再三ゆっくり確認する時間が取れるので忘れ物は減るでしょうね。

②強靭な精神力が身につく

マジな話、これ結構大事です。

最近は怒られ慣れてない人が多く、そういった人が社会に出て生まれて初めて上司や顧客から叱責された時に精神を病んでしまい仕事をやめてしまっているという現状があります。

てか、今は廊下に立たせるのも体罰になるらしいですね。ちょっと過保護すぎないか(笑)

「怒られ慣れる」という点においてはやっばり「遅刻」というのは1番コスパの良い怒られ方です。

遅刻なら罪の重さ的にも軽いし、その割に先生から結構怒られることができるし。要は学生時代の遅刻というのは、得られる経験の大きさに対して失うものが少ないんです。

ただ、社会人になってからの遅刻と学生の遅刻とはワケが違いますので、人生でほとんど怒られたことのないという学生の皆さんは「遅刻して怒られる」という経験をするなら今のうちですよ!

③ 寛容な心を育める

自分も遅刻を繰り返すうちに、他人の遅刻にも寛容になっていきます

例えば、12時ジャストに集合だったのに友人が遅刻して12時30分に来た

遅刻しなれていない人なら

「オイ!!テメエ何分待たせたと思ってんだ!!頭下げて謝れこの野郎!!」

と憤ることでしょう。
しかし普段から遅刻している人間なら

「おいおい遅えぞ!な〜にやってたんだよ!笑」

とスマートに笑い話に変えて許すことができます。

例えばその場に女の子もいたとします。どっちに惹かれるでしょうか?

言わずもがな遅刻しなれている人の方ですよね。つまり、遅刻する人間はモテます。

第一、ちょっと遅刻したくらいで怒る人ってなんなんでしょうね?よっぽど大事な用事ならともかく、短気すぎませんか?

私は友人や後輩が遅刻してきても一度も怒ったことはありません。と思ったら、そもそも人より早く集合場所に来たことが一度もありませんでした。

歴史に残る遅刻をしてしまった人々 3人

~徳川秀忠の場合~

皆さんは徳川秀忠という武将をご存知ですか?

秀忠はあの徳川家康の息子です。

徳川秀忠

関ヶ原の戦いってありますよね。1600年10月21日豊臣秀吉の死後、家康が天下を取るきっかけになった戦です。

彼も家康の息子として関ヶ原の戦いに参加することになったわけですが、彼はなんと4日も遅刻してしまいました。もちろん着いた頃には戦は終わっており、家康にめっちゃ怒られました。

秀忠軍は徳川側の半分近い戦力を占めていたのに戦に参加できなかったのです。

理由は寝坊などの腑抜けた理由ではなく、現在の長野県らへんで真田親子に足止めをさせられていたからです。ちなみに関ヶ原は岐阜県ですが位置的にはほぼ滋賀です。

まあ現代でいう電車が遅延したので遅刻しましたってとこですかね。

~田中忠政の場合~

田中忠政も同じく現在の福岡出身の家康配下の戦国武将です。

田中忠政

彼は関ヶ原の戦いの後に起こった大坂夏の陣(家康が豊臣側の残党を狩り、完全に天下を取るに至った戦い)に遅刻してしまいました。

即、家康に謝りに行きましたが彼は江戸に7年もの間左遷されてしまいました。

ちなみに彼が遅刻したのは家康を裏切って恩義のある豊臣側につくべきか否かで仲間割れを起こしたのと、財政難のためでした。こちらは現代でいえばバスが遅延したので遅刻しましたってとこですかね。

~宮本武蔵の場合~

1602年ごろ、剣豪宮本武蔵佐々木小次郎と巌流島(現在の山口県)で決闘することになりました。

宮本武蔵

互いの弟子は連れず、完全に1vs1のタイマンという正々堂々としたまさに男の戰い”をする…約束でした。

しかし決闘当日、武蔵はわざと遅刻する作戦をとって小次郎をイラつかせ、冷静さを欠いた小次郎の隙を狙って斬り、決闘に勝ちました。

現代でいえばわざと遅刻をして面倒な授業をサボるといったところでしょうか。

さらに武蔵はこっそり弟子も連れてきていて、部下と一緒に瀕死の小次郎をボコしてとどめを刺しました。

ちなみに小次郎は武蔵より40歳ほど年上だったそうです。

当時武蔵が20歳前後だから小次郎は60歳くらいですね。おじいちゃんやん。武蔵、色々とセコすぎでしょ(笑)

と思いきや有名なこの逸話、実は遅刻のくだりは20世紀の小説から発生した創作エピソードだったそうです。


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